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暑さは控えめのお盆明けの週の土曜日。
終戦記念日は終わりましたが、81年前の8月も世界的には戦争は終わっていない、ということを知るために、2つの博物館に行く企画です。
参加者は9名です
集合場所は、九段下駅近くの九段会館。
そこにある、TULLY'Sで予習をします
↑席を動かして、9名のテーブルを作ります。
予習は、昭和館に行く前に、81年前の今とは違う日本の状況を理解するため、1時間程度の説明をしました。
→隣の昭和館へ移動します。
↑昭和館は大きなビルですが、6.7階の常設展示で戦争時代、戦後の国民の生活や復興の様子がわかります。
↓チケットを購入します
↑コインロッカーに荷物を預けて、身軽な状態で行きます🏃
→昭和館は写真NGなのですが、一部OKなスポットもあります。
7階は戦時中の展示です。
最初は日中戦争前の電化製品がほぼない生活を展示。このころはまだ平和と思える時期から始まり、終戦の年の東京大空襲を体験します
↑黒いカーテンの中に入り、スイッチを押すと空襲体験ができます。
狭い空間に、飛行機の振動と終わったかと思ったら、爆撃が!という体験を音と振動で体験します😑
→玉音放送の資料を見て、6階の戦後の展示へ
6階も写真NGです。食料難や生き残った人々の大変さを資料や展示物で体験します。
そして多くの困難…焼の原の状況を写真でみて、昭和30年代に入ります
↑復興の象徴はテレビ!
当時は初任給2年分だったそうで、今の車を買うような感覚ですね~🤔
↑当時の洗濯機にトライ!
ハンドルを回すことで、洗濯機?が回ります。
もちろん、脱水や乾燥機能はついていません😦
↑井戸での水汲みを体験。
必死にやっても、バケツ2杯分でした😑
↑子どもたちの楽しみ、街頭紙芝居です
シュールな作品、黄金バットをやっていました。
終了後、ランチタイム
人数も多い為、2つに分かれました。
主催者はカレー屋に行きます
↑ターリー屋定食です。
お腹いっぱいです😙
終了後、新宿都庁駅へ
↓新宿三井ビル33階に次に行く、帰還者たちの記憶ミュージアムがあります
↑ガイドをお願いしました。
このミュージアムは、戦争の帰還者として、兵士、シベリア抑留者、引き揚げ者を展示している場所です。
↑有名な赤紙を展示しています。
戦争に呼ばれる若者たちや家族の当時のエピソードをお話頂きます
↑シベリア抑留者が作ったSpoon。
生きることは食べること!
と力説していましたね。
大切な言葉です
↑シベリア抑留者の食事風景。
唯一の配給、黒パンは石鹸のように固いんです。
それをカットしている様子です
↑展示は中国から日本への引き揚げ船の様子です。
男性はここにはおらず、日本に着くことだけを目標にしています
↑引き揚げ船や乗組員のエピソードをお話頂き、終了。約100分くらいのガイドでした。
↓体験コーナーにも行ってみました
↑当時の日本兵が持っていた30㌔の荷物を持ってみる体験。
これを時速4㌔で日々30㌔歩く規則があったそうです。恐ろしい規則ですね🥲
↑当時のコートも着ていました。
思ったより暖かいですが、−30度のシベリアでは物足りないかも?と思いました。
終了後、館内を出るとビル内なのに雨粒が見えます。
このビルは真ん中は吹き抜けのようで、雨が見えるようです
↑外は大雨でした😑
↑新宿三井ビルの一階に着くとライブ盛り上がり中。
戦争ミュージアムのあとだと、落差が、すごいすね😑
終了後、参加者の皆様に感想をいただきました。
〇最後のライブをみて、日本は平和だと思った。午前中の昭和館では写真の人々には笑顔があったが、午後の帰還者たち記憶ミュージアムでは引き揚げ者は笑顔なかった。
このころに比べると、今は恵まれていると思った
〇昭和館と帰還者たちの記憶ミュージアム、現代と80年前とは精神性のギャップあると思う。
戦争系のミュージアムいろいろ行ったが、兵士の手紙の検閲をみて、本当のことは言えなかったんだろうなあと感じた。
以前、企画で行った登戸研究所も秘密を話せないとして口を閉じられたと思った、
今の日本もそういう世の中にはしちゃいけないなあと思った。
〇午後の博物館は2015年に放映されたTVドラマ「レッドクロス、女たちの赤紙」とを思い出した。
帰還者ミュージアムがほとんど同じ内容で当時がすごくわかるし、他の人にも見てほしい。
映画の中の話も、実話で、作っているので、おすすめします。
〇座学の勉強会、司馬遼太郎から始まって、他の企画にもいきましたが、戦争は熱狂とともに止められなかった、終戦後は平和でもなこの人たちにとっては平和でもないし、多くの人生が変わったのが分かった。
1人の悪人のせいではなく、個人の欲を減らせれば、戦争が減らせると聞いた、その通りだと思う。
〇昭和百年ということで、昭和初期から戦争に突入する、きな臭さを感じた。
身売りとか、政治のきな臭さも今感じる?そうならないようになってほしい。
20年後の日本も平和であればいいなあと思った。
〇昭和館と帰還者たちの記憶ミュージアムに同じ日に行ったので、戦後のことがよく分かった。
戦争終了後、帰って来た人とこれない人がいると思った。
ひしひしと感じた、風船爆弾製造や、学生の際労も分かった。
〇カフェでの勉強会で学んだあとでくると、わかりやすいと思った。解説あるとより理解できるとわかった、
終戦後も戦争は続いていると感じた。
今の生活を続けていることに幸せを感じないといけないし、シベリア抑留者が持ち帰った言葉、ノルマの由来も驚いた
【総評】
一日に2つのミュージアムに行き、それぞれのミュージアムが多くの情報量がありました。
参加者の方は歩かなくても、その情報量の多さにつかれたと思います。
一部の参加者の方々が言っていただいたように、二つを同時にみるというのは意味があります。
一つは、戦争は軍人だけの出来事ではなく、当時の国民や生活にも影響があったこと。
もう一つは終戦後も、戦争は終わらなかったり、苦しんだりする人は10年以上もいたということ。
教科書や前回の企画、靖国神社では学べなかったことを知ってもらおうというのが今回の意図です。
これは主催者自身もそうでした。「自分もまだまだ多くを知らないなあ」と思いました。
二つのミュージアムに行くと、戦争やその特集TV放送も違った見方ができます。
A級戦犯という言葉がありますが、その人達だけが戦争の罪があるとは思っていませんので、
答えは知ることから始まって、考えることに意味がある と思っていますので、参加者の皆さんが考え、それを多くの人に伝えてもらえればと思います。
来週はその2回目です。参加者の皆さんがどういった感想を持つのかも楽しみですし、僕自身もそれを聞いてどう思うかが気になりますね。