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2026/1/24_お寺から学ぶ日本の歴史

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2026/1/24_お寺から学ぶ日本の歴史

【開催報告】
1月24日と2月21日で「お寺の歴史」をテーマにした勉強会を開催しました。

飛鳥時代から江戸時代までの日本史の流れを軸に、各時代を代表する建築物を参照しながら、寺院の役割や構造がどのように変遷したかをスライドを使って学びました。

一見難しそうに見えるお寺の鑑賞ですが、構造を知ると「屋根の形やデザイン」を見るのがぐっと楽しくなります。

【今回扱った国宝建築物】
勉強会で取り上げた建築物は、当時の姿を今に伝える貴重な遺構です。
旅行の際はぜひ足を運んでみてください。
・飛鳥時代: 法隆寺金堂、五重塔
・奈良時代(前期): 薬師寺東塔
・奈良時代(後期): 唐招提寺金堂、東大寺転害門
・奈良時代(前期): 石山寺多宝塔
・平安時代(中期): 平等院鳳凰堂
・平安時代(後期): 白水阿弥陀堂、三仏寺投入堂
・鎌倉時代: 円覚寺舎利殿、東大寺南大門、浄土寺浄土堂
・室町時代: 鶴林寺本堂
・江戸時代: 歓喜院聖天堂

【補足資料①:雨と光との戦い】
構造的な話は少し難しかったかもしれませんので、改めて補足します。

飛鳥時代から平安時代(和様の確立)までの建築の主題は、一言で言えば「いかに雨から建物を守るか」でした。
法隆寺五重塔で「五重」と言いつつ6個屋根があるのは、雨風から建物を守りつつ構造を安定させるための名残です。

日本は大陸に比べて横殴りの雨が多いため、壁を守るために軒を深く突き出す必要があります。
しかし、単純に軒を長くすると、屋根の重みの影響が大きくなり垂木で支えきれません。
加えて、軒の先端の高さが地面から近くなってしまうため、室内に光が入らなくなってしまいます。

これを解決したのが「三手先組物」や「飛燕垂木」といった技術です。
「テコの原理」を応用したものであり、荷重を効率よく支えることで「深い軒」と「採光」を両立させました。

【補足資料②:デザインを自由にした桔木と貫】
平安末期から鎌倉時代にかけて、「桔木」と「貫」の登場により建築技術は大きな転換点を迎えます。

桔木は屋根の二重構造を実現し、野垂木とともに構造的な役割を担っています。
これまで意匠かつ構造だったものが、外部から見えるところは意匠、見えないところは構造と、役割分担ができるようになりました。
これにより組物や飛燕垂木といった部材は荷重を支える役割から解放されました。

貫は柱を横方向に貫通して固定する部材で、釘に頼らない強固な骨組みが作れるようになりました。
和様では長押という部材が使われていましたが、貫の登場によって構造から意匠の部材へと変わりました。
和室の壁に立てかけてある賞状や写真のすぐ下を通っている横木が、かつての構造材の名残である「長押」です。

【補足資料③:鎌倉探索のヒント】
首都圏近郊では鎌倉で多くの禅宗様建築を見ることができます。

意匠としては、木鼻などに見られる雲模様のマーク、花頭窓や弓欄間など、細部まで行き届いた繊細なデザインが禅宗様の特徴です。
こうした表現を支えているのも、実は「桔木」や「貫」といった当時の最先端技術です。

個人的には円覚寺舎利殿はとてもおすすめです。
一見、堂々とした大きな建物に見えますが、実は現代の一般的な2階建て住宅よりも低く造られています。
実際よりも大きく見せるための高度な視覚的トリックを、現地で体感できます。
特別公開日:https://www.engakuji.or.jp/events/gyoji/