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原宿で朝活!遅刻・早退OK!ゆるい哲学的な対話もできるテーマトーク会 #2

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2026年1月17日(土)、SCC千駄ヶ谷コミュニティセンターにて「原宿で朝活!遅刻・早退OK!ゆるい哲学的な対話もできるテーマトーク会 #2」を開催しました。
この企画は、哲学を“学ぶ”というより、日常の感覚や違和感を言葉にしながら、人と一緒に考えてみる場として、ゆるやかに継続している試みです。今回は2回目の開催となりました。
前回のレポートはこちら
https://tunagate.com/blogs/v6XgRGO0

きっちり決めない進行が生む、当日の「余白」

今回は会場の都合で、テーブルではなく「テーブル付き椅子のみ」のレイアウト。
動線や場のまとまり方が事前に読みにくかったため、進行はあえて作り込みすぎず、当日の人数や空気感を見ながら設計する方針で臨みました。
結果として、その場で生まれる流れを拾いながら進行できた一方で、「今、何をしている時間なのか」「次に何が起きるのか」といったイメージ共有の仕方には、改善の余地も見えました。
固定化しすぎないからこそ得られる自由さと、参加者が安心して身を預けられる説明のバランス。
このあたりは、次回以降の大きなテーマになりそうです。

ワークから対話へ。言葉になる前の感覚をすくい上げる時間

今回も、前半はふくさんによるワーク、後半はテーマトークという構成で実施しました。
印象的だったのは、普段の会話ではそのまま流してしまいがちな感覚が、少しずつ言葉になっていくプロセスです。
「なんとなくそう思っていたけれど、説明しようとすると難しい」そんな感覚を、他者の言葉に触れながら少しずつ一般化していく体験が、場のあちこちで起きていました。
参加者はやや女性が多めでしたが、発言量は全体的に多く、土曜の朝らしい穏やかさの中で、それぞれが自分のペースで場に関わっている様子が印象に残っています。

前半ワークで浮かび上がったキーワードたち

ワークの中で、次のような言葉が自然と場に出てきました。
・価値観
・「ぽい」という感覚
・好き・嫌い
・広がる
・感情や感想の違い
同じ言葉でも、人によって前提やイメージが異なる。
そのズレを「正す」のではなく、ズレそのものを面白がりながら扱う時間になったように感じます。
言葉の定義を詰めること以上に、「なぜ自分はそう受け取ったのか」を振り返るきっかけになるのが、このワークの特徴かもしれません。

後半は、各自のテーマを持ち寄る対話の時間へ

後半は、参加者それぞれが気になっているテーマや、前半のワークを通じて浮かび上がった違和感・問いを持ち寄り、順に扱っていく時間としました。
前半で共有されたキーワードが自然と対話の土台になり、そこから派生するかたちで話題が広がっていく場面も多く見られました。
一方で、場に出た言葉の影響が強く、当初それぞれが内側に抱えていたテーマが、少し埋もれてしまったように感じる瞬間もありました。
流れとしては無理のない展開でしたが、個々の関心や問いを、どのタイミングで・どのようにすくい上げていくかについては、今後さらに工夫の余地がありそうです。
対話の自然な流れを尊重しつつ、一人ひとりのテーマが置き去りにならない設計を、引き続き探っていきたいと感じました。

2回目だからこそ見えた、手応えと課題

哲学対話としてはまだ2回目の開催ですが、「この形で続けていけそうだ」という手応えと同時に、「もっと丁寧にできる部分」も明確になってきました。
現時点で見えているポイントは、たとえば次のような点です。
・進行のイメージは、段階を追って具体的に共有すること
・前半で生まれたテーマを、後半でどう扱うかの設計(活かす/一度切り分ける)
・参加者それぞれの関心を、安心して表に出せる余白のつくり方
こうした点を意識しながら、「考えたい人も、聞いていたい人も、どちらも自然に居られる場」として、少しずつシブミナらしいかたちを整えていく予定です。

おわりに

ご参加いただいた皆さま、そして今回も場づくりにご協力いただいたふくさん、ありがとうございました。
この会は、完成された答えを持ち帰る場ではありません。
ただ、日常に戻ったとき、ふと考え直してみたくなる問いが一つ残る。
そんな時間を、今後も静かに積み重ねていければと思っています。
またどこかの朝に、ご一緒できたらうれしいです。

追記

なお、当日は一階で餅つき大会が行われており、会の最中、ときおり威勢のいい掛け声が階下から聞こえてきました。
言葉を慎重に選びながら、静かに思考を巡らせている室内の空気とは対照的で、そのギャップが、個人的には少し可笑しく感じられる瞬間でもありました。
同じ建物の中で、ある階では餅をつき、別の階では問いをついている。
そんな偶然の並存も含めて、この日の朝の時間は、あとから思い返すと、どこか印象に残るひとときだったように思います。