『銀座 天一 本店』は高級天ぷらの礎を築いた老舗である。創業は1930年の人形町、翌々年に銀座へ移転し、伝統にとらわれない手法で発展してきた。創業者の矢吹勇雄氏は岡山出身で、西の文化を取り入れることで店の方向性を大胆に変えた。代表的な革新は揚げ油の見直しで、従来の胡麻油のみから当時輸入されたコーン油とのブレンドに切り替え、軽く油切れの良い揚がりを実現した。

店内設備の先進性も特徴で、早期にクーラーを導入し「夏こそ天ぷらを」と広告を打って季節営業の常識を覆した。戦後も迅速に復興し、終戦２ヶ月後の10月には店を建て直して営業を再開したという逸話が残る。

その迅速な復興はときの外務大臣、吉田 茂の目に留まり、GHQ接待のために矢吹氏が官邸で天ぷらを揚げるよう依頼された経緯がある。以降は国内外の要人に愛され、ビル・クリントン氏との公的昼食会をはじめ、多くの文化人や海外セレブが来店した。

建物は３年前にビルごと全面改築されたが、欄間や鴨居、柱など建材の大部分を温存して旧店の空間を復元している。現在もカウンターで目の前で揚げる形式を維持し、銀座の歴史を伝える存在である。