西行法師

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西行法師
・平安末・鎌倉初期の歌僧。
・新古今和歌集に94首入選

◾️出家前
俗名、佐藤義清(のりきよ)。
・徳大寺の藤原実能(さねよし)に仕え、その実妹が鳥羽院の妃、待賢門院璋子
・鳥羽院の警護を務める

・出典:「源平盛衰記」
身分の高貴な女性より
「伊勢の海阿漕が浦に引く網も
度重なれば人もこそしれ」
西行応じて
「思ひきや富士の高根に一夜寝て
雲の上なる月をみむとは」

・西行の恋の歌
「知らざりき雲居のよそに見し月の
影を袂に宿すべしとは」
「身を知れば人の咎とは思はぬに
恨み顔にも濡るる袖かな」
「歎けとて月やはものを思はする
かこち顔なるわが涙かな」
「かかる身におほしたてけむたらちねの 
親さへつらき恋もするかな」
「逢ふと見しその夜の夢の覚めであれな
長き眠りは憂かるべけれど」
「はるかなる岩のはざまに独り居て
人目思はでもの思はばや」

◾️出家
・23歳の時、無常を感じて僧となる。
・法名:円位
「惜しむとて惜しまれぬべきこの世かは
身を捨ててこそ身をも助けめ」
「身を捨つる人はまことに捨つるかは 
捨てぬ人こそ捨つるなりけれ」
「世の中をそむき果てぬと言ひ置かむ 思ひ知るべき人はなくとも」

◾️奥嵯峨野 
・小倉山の東麓にある二尊院は桜で有名。この側の草庵に住んだ。西行法師庵、西行井戸
「我がものと秋の梢を思うかな 小倉の里に家居せしより」

・大堰川
 
・天龍寺の門前の龍門橋

・勝待寺に桜を植える(西行櫻)

◾️吉野山
出家後、西行は吉野山の麓に庵を結ぶ。
「吉野山花の散りにし木の下に
とめし心はわれを待つらむ」
「おしなべて花の盛りになりにけり 
山の端ごとにかゝる白雲」
「吉野山桜が枝に雪散りて 
花遅げなる年にもあるかな」
「花に染む心のいかで残りけむ 
捨て果ててきと思ふわが身に」
「吉野山こぞの枝折りの道かへて 
まだ見ぬかたの花をたづねむ」
「身を分けて見ぬ梢なく尽くさばや 
よろづの山の花の盛りを」

西行堂
和歌山県かつらぎ町天野
西行の妻子の庵

◾️高野山
・西行の実家の佐藤氏は紀ノ川沿岸に田仲庄という荘園の預所で、弟が管理
・弟は保元平治の乱から、平家一門の家人となり、隣接の高野山荒川荘と激しい領地争いをし、平家没落後は木曽義仲の下文を受けた尾藤氏から荘園を奪われようとした。
「死出の山越ゆる絶え間はあらじかし
亡くなる人の数続きつつ」
「沈むなる死出の山川みなぎりて
馬筏もやかなはざるらん」
「木曾人は海のいかりをしづめかねて
死出の山にも入りにけるかな」

・大嶺山で修験道
「をばすては信濃ならねどいづくにも
月すむ峯の名にこそありけれ」

◾️伊勢
・伊勢神宮で和歌を指導
・仏教と神道を結びつける本地垂迹思想を反映
「鈴鹿山うき世をよそにふり捨てて
いかになりゆくわか身なるらん」
「深く入りて神路の奥を尋ぬれば
また上もなき峯の松風」

◾️江口
西行が遊女に
「世の中を厭ふまでこそ難からめ
仮の宿りををしむ君かな」
遊女返して
「世を厭ふ人とし聞けば仮の宿に
心とむなと思ふばかりぞ」

◾️大磯
・「鴫立庵」「円位堂」
「心なき身にもあはれは知られけり
鴫立つ沢の秋の夕暮」
「風になびく富士の煙の空に消えて
行方も知らぬわが思ひかな」

◾️陸奥
◾️讃岐
・保元の乱に敗れ四国に流された崇徳院の墓に詣で、弘法大師の遺跡を巡る旅
「久に経てわが後の世を問へよ松
跡しのぶべき人もなき身ぞ」
「こゝをまた我住み憂くて浮かれなば
松はひとりにならむとすらむ」

◾️河内国の弘川寺で没。
「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」
「世の中を思へばなべて散る花の 
わが身をさてもいづちかもせむ」
「仏には桜の花をたてまつれ
わが後の世を人とぶらはば」

◾️鎌倉時代
 西行を主人公とする「西行物語」や「撰集抄」が書かれる