伊勢物語 「井筒」「雲林院」「杜若」

伊勢物語
平安時代に成立した日本の歌物語。竹取物語と並ぶ仮名文学創世記の代表作。
作者、成立時期は不詳。
全1巻。
数行程度の文と歌で作った章段を125段連ねる形式。

平安時代の貴族である在原業平の和歌を多く採録し、業平を思わせる主人公の元服から死にいたるまでを描く物語。
主人公の名は明記されず、多くが「むかし、男ありけり」の冒頭句を持つため、「昔男」とも呼ばれる。

筒井筒
伊勢物語23段
「むかし、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとにいでてあそびけるを、おとなになりければ、男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども聞かでなむありける。さて、この隣の男のもとよりかくなむ。
 筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
女、返し、
 くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき
などいひいひて、つひに本意のごとくあひにけり。
さて年ごろふるほどに、女、親なくたよりなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国高安の郡に行き通ふ所いできにけり。されけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男、こと心ありてかかるにやあらむと思ひ疑ひて、前栽の中に隠れゐて、河内へいぬる顔にて見れば、この女、いとようけさうじて、うちながめて、
 風吹けば 沖つしら浪 たつた山 よはにや君が ひとりこゆらむ
とよみけるを聞きて、限りなくかなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。