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読書会『哲学としての仏教』講談社現代新書

仏教は哲学ではない。宗教だ。換言すれば、仏教の目的は人間に知的な喜びを与えることではなく、人間を救済することである。しかし、仏教にふくまれている存在論や言語論、深層心理学や時間論はきわめて緻密であるばかりか、現代哲学を先取りしているというのが、著者の主張である。

仏教というのは無我、すなわち「自分なんて存在しない」と教えているのだとわたしは思い込んでいたが、本書によればこれは誤りである。「変化せず同一で主体的な存在としての我なんてない」というだけであって、今ここに生きている自己まで否定するものではないとのこと。これは目からウロコだった。また、西洋哲学では一般に「見る我」と「見られる物」を二元論的に区別するが、仏教はどちらも現象であって実在とはみなさないとする。おもしろい考え方だ。西洋哲学の欠陥を補うものでもある。

仏教の言語論はウィトゲンシュタイン哲学に似ており、ソシュール的でもある。たとえば、牛という言葉は牛のイデアが実在するということではなく、単なる概念にすぎないのでもない。牛の場合、それは牛以外の動物ではないことを示しているということ。これも優れた説明と言えよう。また、仏教の唯識はフロイトの無意識についての理論を先取りしている。時間のすべては今にあるとする考えは、ベルグソン哲学に通じるものがある。

最後の結論として、著者は日本仏教があまり社会的な力を持っていない理由を6つあげている。引用は長くなるので差し控えさせていただくが、本書のいちばん優れているところはこの箇所であるとわたしは思う。21世紀でも十分通用する深い哲学をもっているのだから、仏教の復活を願わずにはいられない。そのためには本書のような良書がもっと読まれるべきであろう。

2017/08/30 (水)

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